続報 柴田亜衣 「広報かのや 表紙デビュー?」
さっきの記事で詳しくはここをチェキラ!
とお伝えしましたが、写真ぼけてますね。ハイ
おまけにトップのタイトルが広報かのや12月号って、、、
広報誌に無断転載禁止の文字がないのでここで詳しくお伝えします
アテネオリンピック金メダリスト 柴田亜衣選手
夢と感動をありがとう!
アテネオリンピック競泳女子800m自由形で、鹿屋体育大学4年の柴田亜衣選手が、地元の熱烈な声援を受けて、金メダルを獲得しました。
テレビで見せる柴田選手の笑顔、そして感動の涙は日本中に柴田フィーバーを巻き起こし、8月26日に行われた凱旋報告では、多くの市民が鹿屋から誕生した金メダリストを一目見ようと、会場を埋め尽くしました。
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・金メダル獲得は歴史に残る金字塔
「たいへんだ!たいへんなことをしでかしたそうだ!柴田亜衣金メダル!」日本時間で8月21日未明、実況を伝えるアナウンサーの声が、日本中にこだまするとともに、柴田選手が800m自由形で金メダルを獲得しました。
競泳日本女子の金メダルは史上4人目の快挙。中でも自由形は世界の壁が厚く、これまでの最高は6位でした。その記録をオリンピック初出場の柴田選手が16日に行われた400m自由形で5位入賞を果たし更新。そして21日には、800m自由形で歴史に残る金字塔を打ち立てました。
アテネオリンピック競泳女子800m自由形の決勝は、第3コースを行を泳ぐ柴田選手が、先頭を行く第4コースのマナドゥ選手(フランス)をぴたりと追う展開でスタート。柴田選手は2位をキープしたまま終盤を迎え、750mのターンで先頭に並ぶと、毎日20,000m近くを泳いで培ってきた持久力と、恩師である鹿屋体育大学水泳部の田中監督がいつも口にする言葉「あせらず、あわてず、あきらめず」を心の中で繰り返して一気にラストスパートをかけ、自己ベストを2秒43更新する8分24秒54でゴールしました。
このとき鹿屋体育大学には、午前2時前のレースにもかかわらず大学や市の関係者、学生など約200人が集まりテレビ中継を観戦。レースが始まると「がんばれ柴田!」「行け柴田!」など、声をからしての応援が続き、ラスト50mでは、アテネの地まで届けとばかりに総立ちで大声援を送り、1位でゴールした瞬間、会場は割れんばかりの大声援に包まれ、万歳と拍手がいつまでも続きました。
また、柴田選手の金メダルを祝うため、急遽21日の午前10時には、鹿屋市役所で祝賀式が行われ、懸垂幕や打ち上げ花火を上げて柴田選手の快挙をたたえました。
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・柴田フィーバーに沸いた凱旋報告
遠いアテネの地から、日本中に夢と感動を与えた柴田選手は8月26日に帰鹿。金メダルの姿を一目見ようと訪れた約3,700人の市民が待つ県民健康プラザ、かのやイベント広場、国の合同庁舎近くの駐車場で凱旋報告をしました。
金メダルを首にかけた柴田選手が会場に現れると各会場とも割れんばかりの拍手で歓迎。会場は柴田フィーバーで盛り上がり、柴田選手が鹿屋のバラ「プリンセスかのや」で作った冠をかぶり、笑顔いっぱいに「皆さんの声援のおかげで金メダルを取ることができました。ありがとうございました。」とあいさつすると、「おめでとう亜衣ちゃん!」「金メダル万歳!」など絶え間なく声がかかりました。
また、田中監督とともに市内約4.3Kmをオープンカーでパレード。沿道では柴田選手の帰りを待ちわびた大勢の市民が、大きな横断幕や紙吹雪で歓迎し、柴田選手は終始笑顔で、遠藤の市民に手を振ってこたえていました。
・オリンピックロードの整備を計画
市では、歴史に残る今回の柴田選手の活躍を記念するとともに、今後も鹿屋市から活躍する新たなスポーツ選手が誕生することを願い、霧島ヶ丘公園内にオリンピックロード(仮)を整備し、そこに柴田選手の手形のモニュメントを設置する予定です。
<今月の表紙>
アテネオリンピック競泳女子800m自由形の金メダリストとなった鹿屋体育大学の柴田亜衣選手が帰鹿した8月26日、市内で凱旋パレードが行われました。
写真は、パレードの途中、柴田選手が金メダルを持ち上げ沿道の市民に披露している様子。パレードが行われた国道269号線の沿道は、金メダリストの勇姿を一目見ようと訪れた市民であふれるなど、この日、鹿屋は柴田フィーバーで盛り上がりました。